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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3919号 判決

原告

岩嶋光子

被告

宮崎正

ほか一名

主文

一、被告宮崎正は原告に対し金三七万八、八六〇円及び内金三三万八、八六〇円に対する昭和四三年八月一七日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告宮崎正に対するその余の請求を棄却する。

三、原告の被告三ツ輪タクシー株式会社に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用は、原告と被告宮崎正との間に生じた分はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を右被告の各負担とし、原告と被告三ツ輪タクシー株式会社との間に生じた分は原告の負担とする。

五、この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告

「被告らは原告に対し各自金六一五万〇、六四〇円及びこれに対する昭和四三年八月一七日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求める。

第二、請求原因

一、原告は左記交通事故に遭遇した。

(一)  日時 昭和四三年八月一六日午後九時三〇分頃

(一)  場所 名古屋市中村区笹島町一丁目一八番地先路上

(三)  加害車 イ 被告宮崎の長男である訴外宮崎政男運転の普通乗用自動車―以下加害車(イ)という。

ロ 被告三ツ輪タクシー株式会社の運転手訴外木原利雄運転の普通乗用自動車(タクシー)―以下加害車(ロ)という。

(四)  態様 原告を乗せた加害車(ロ)が北進中、追従して来た加害車(イ)に追突された。

(五)  傷害の内容 原告は右事故により頸部捻挫傷を受け、入通院して治療を続けているが、現在でも頸部痛、頭痛、食欲減退、めまい等の症状が残存している。

二、被告らはいずれも自己のために加害車を運行の用に供するものである。

三、本件事故により原告の受けた損害は次のとおりである。

(一)  入院中の付添看護代 七万二、〇〇〇円

(二)  コルセツト等医療器具代及び薬品代 一万〇、一六〇円

(三)  通院交通費 四、六八〇円

(四)  営業上の損害 五二万九、八〇〇円

原告は名古屋市中村区の鈍池市場内の店舗を賃借して、原告一人だけで菓子販売業を営んでいる。ところが、本件事故による受傷のため昭和四三年九月四日より同年一〇月九日まで入院してその期間中は休業することを余儀なくされ、本件事故当日から入院するまで及び退院後は補助者として訴外人見たず子を雇入れ、かろうじて営業を続けていくことができたような状態であつた。そのため営業による収益は極度に減少するに至つた。原告の本件事故前三カ月の月平均の純収益は九万九、〇〇〇円であつたが、本件事故後の八月ないし一一月の営業状態は次のようであつた。

八月の純利益 四万四、二〇〇円

九月は損失 二万一、九〇〇円

一〇月は損失 九万五、七〇〇円

一一月は損失 六万〇、四〇〇円

(いずれも百円未満切捨)

そこで、前記九万九、〇〇〇円を基準として右四カ月間の営業上の損失を算出すると前記金額となる。

(五)  将来の営業上の逸失利益 三二三万四、〇〇〇円

(一、〇〇〇円未満切捨)

原告は前記の通り赤字を続けながらも右営業を継続しているが本件事故による傷害は既に慢性化し、容易に治癒する見込がなく、開店資金約八〇万円を回収することも不可能となつたため、右営業を昭和四三年一二月末日限り廃業することとした。そこで、前記一カ月の収益九万九、〇〇〇円を基礎とし、右廃業時から少なくとも三年間は営業を継続することができたはずであると考えて、右の期間の営業上の損害総額の一時取得額を年五分の中間利息を控除するホフマン式計算方式によつて算出すると前記金額となる。

(六)  慰藉料 二〇〇万円

原告は本件事故当時未婚の二七才の女性で、縁談がまとまり、近々結婚式を挙げることが決定していたが、本件事故による後遺症を理由に相手方より婚約解消の申出を受け、右縁談は解消されるに至つた。この事情、原告の傷害の程度、後遺症による苦痛、その他諸般の事情を斟酌すると本件事故による慰藉料として被告らが原告に支払うべきものは右金額と認めるのが相当である。

(七)  弁護士費用 五〇万円

四、以上の通り、原告の受けた損害は合計六三五万〇、六四〇円となるところ、被告宮崎より二〇万円の弁済を受けたので被告ら各自に対し申立記載の金員及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四三年八月一七日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求めるものである。

第三、請求原因に対する被告らの答弁

一、第一、二項の事実は原告の現在の症状を除き認める。

二、その余の事実は、原告が被告宮崎より二〇万円の弁済を受けた点を除き、全て争う。

第四、抗弁

一、被告宮崎

本件事故につき昭和四三年一〇月六日原被告間において四〇万円を原告に支払うことで示談が成立しており、原告が自認するとおり原告はこの内二〇万円の支払を受けたので残額は二〇万円にすぎない。

二、被告会社

本件事故につき左記の事由が存するから被告会社には賠償の責はない。すなわち、

(一)  訴外木原は南から本件事故現場に差しかかり、右折するべく道路中央に寄つて右折の合図をしながら徐行し殆んど停車寸前の状態であつた。後続の自動車は左に寄つて右訴外人の運転する自動車を避けて通過していつたのに、更にその後から進行して来た訴外宮崎が前を見ていなかつたため右自動車に追突して来たものである。したがつて訴外木原には全く過失がなく、又被告会社も右自動車につき充分整備点検をなしその運行に関し注意を怠らなかつた。

(二)  本件事実は右の事故態様で明らかなように訴外宮崎の一方的過失によつて発生したものである。

(三)  訴外木原運転の車につき構造上の欠陥、機能上の障害はなかつた。又本件事故は右自動車の構造上の欠陥、機能上の欠陥と全く関係がない。

第五、抗弁に対する答弁

全て争う。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の発生

本件事故発生の概要は当事者間に争いない。そこで〔証拠略〕を総合するとその詳細は次のように認めることができる。

訴外木原は加害車(ロ)を運転して南より本件事故現場に差しかかり、本件事故現場の十数メートル手前の横断歩道で一時停止した後発進し、転回するため時速五、六キロメートルに速度を落して右折の合図を出し中央に寄つて対向車の通過を待つべく停車しかけたところ、訴外宮崎政男は加害車(イ)を運転し時速約三〇キロメートルで加害車(ロ)に続く幾台かの先行車の後方より本件事故現場に差しかかり、先行車がいずれも停車しかけている加害車(ロ)を避けて左に進路を変えて進行したにもかかわらず、加害車(ロ)の存在に気付かずそのまま進行し、同車との距離が約五・五メートルの至近距離に至つて初めて同車の存在に気付き、直ちに急制動措置を取つたが間に合わず自車前部を加害車(ロ)の後部に追突させ本件事故を惹起した。

二、被告らの責任

(一)  被告宮崎

被告宮崎が加害車(イ)を自己のために運行の用に供するものであることは当事者間に争いない。したがつて右被告は自賠法三条により本件事故により原告の受けた損害を賠償すべきである。

しかるところ同被告は右損害賠償につき金四〇万円を賠償することにて示談が成立したと主張するがこれを認めるに足る証拠がない。

(二)  被告会社

前記認定の事故の状況に照らすと、訴外木原は転回するに際し運転者のとるべき措置は全て行つていると解することができ、そうである以上、自車に追突して来る車両のあることまで予め予見して後方を注視する義務はないから、本件事故発生につき訴外木原には過失がないと言わざるを得ない。又、本件事故の状況から考えて被告会社は加害車(ロ)の運行に関し注意を怠つていなかつたと推測され、本件事故は同車の構造上の欠陥、機能上の障害と無関係であることは明らかである。

したがつて被告会社の免責の抗弁を認めることができ、被告会社は本件事故の責任を負わないことになる。

三、原告の受傷及び治療経過

〔証拠略〕を総合すると次のような事実を認めることができる。

原告は本件事故による受傷の結果、頸部運動痛、頸部周囲圧痛、心悸昂進等の諸症状を訴え、本件事故直後菊井外科で、昭和四三年八月一九日からは城西病院で治療を受けたが、自律神経失調症の症状を呈し、下痢をしたり、微熱が出たりしたこともあつて担当医師の勧めにより同年九月四日から同年一〇月九日まで同病院に入院して治療を受けた。退院時においては大部症状が軽快したが、依然頭部、頸部の疼痛を訴えて通院加療を受け、同年一〇月はほとんど毎日通院し、一一月は一九日間通院し、一二月からは通院間隔が広くなつて、昭和四四年一月は六回通院し、同年一月二四日以降は同年四月八日まで通院しておらず、同日以降は全く通院していない。そして同日頃には原告の主訴もなくほとんど治癒したとみられるようになつた。

四、損害

(一)  入院中の付添看護代 一万五、〇〇〇円

〔証拠略〕によると、原告の実姉訴外三原よし子あるいは原告の実母が原告の入院中に付添つたことが認められるが、右本人尋問の結果によると右姉は倉敷市に住む家庭の主婦で、幼い子供が二人あることが認められるので、原告主張に副う付添看護代支払に関する〔証拠略〕はたやすく措信できない。しかしながら前記原告の症状、治療経過から考えると、入院期間中の少なくとも一五日間は付添看護が必要であつたと解せられ、そして、その付添のために一日につき少なくとも一、〇〇〇円の支出あるいは利益の喪失があつたと推測されるから、右の一五日間の合計一万五、〇〇〇円を付添看護のための相当費用と認める。

(二)  コルセツト等医療器具代及び薬品代 一万〇、一六〇円

〔証拠略〕を総合して認める。

(三)  通院交通費 二、七〇〇円

〔証拠略〕によれば原告通院するに際し、市バスを利用したことが認められる。又原告は前記の通り退院後は四五日程度城西病院に通院した。ところで、原告の通院するのに利用した交通機関が市バスであることを考えると通院一回につき往復少なくとも六〇円の交通費は必要であつたと解される。そこで、右通院期間中に要した交通費の合計額を算出すると前記金額となる。

(四)  営業上の損害 六万一、〇〇〇円

〔証拠略〕によると次のような事実を認めることができる。

原告は昭和四二年三月から一人で菓子店を経営していたが、本件事故による受傷の結果一人での経営が困難となつたため以前から時折臨時で雇用していた訴外人見たず子に昭和四三年八月一九日から九月一六日まで、一〇月一〇日から同月三一日まで、一一月一日から同月一六日まで補助を受けて営業を継続した。しかし入院中の何日かは休業せざるを得なかつた。

右の事実によると、原告の入院中休業した期間はもちろん、右人見が手伝つて営業を行つていた期間も仕事に慣れている原告が十分稼働できなかつたためある程度の減収となつたことは容易に推測される。しかしながら、右減収の計算の基礎となる原告の営業収益に関する各証拠は直ちに信用しがたいものがあると言わざるを得ず、従つて右の減収を数値的に明らかにすることは困難であり、原告のこの点に関する主張は証明されないことに帰する。但し、前記のように本件事故による受傷によつて原告はある程度減収となつたことは容易に推測されるから、これを後記のとおり慰藉料算定の上で斟酌することとする。

なお、〔証拠略〕によると原告は前記人見に対する報酬として合計六万一、〇〇〇円を支払つた事実を認めることができるが、右は広い意味での営業上の損害であるから本項に計上する。

(五)  将来の営業上の逸失利益 認められない。

〔証拠略〕によると原告に後遺症の存在しないことは明らかであり、しかも〔証拠略〕によると原告は現在も営業を継続しており営業状態も良好であることが認められるから、原告に後遺症が残存し、それによつて労働能力を喪失したことを前提とする原告の主張は理由がない。

(六)  慰藉料 四五万円

右算定の上で斟酌した事情及びそれらに対する金額の配分は次のとおりである。

(1)  入通院中の肉体的精神的苦痛に対する分 二〇万円

(2)  前記営業上の減収に対する分 一五万円

(3)  原告は女性一人で生計を立てており、本件事故による諸々の面での精神的痛手は特に大きかつたと考えられること、本件事故の態様その他諸般の事情に対する分 一〇万円

(七)  弁護士費用 四万円

本件の内容、請求額、認容額その他諸般の事情を考慮すると本件事故による損害として請求し得る弁護士費用は着手金を別として右の額と認めるのが相当である。

以上、原告の損害は合計五七万八、八六〇円となる。

五、ところで、原告が二〇万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないから、原告が被告宮崎に求め得るものは三七万八、八六〇円となる。

よつて、原告の被告らに対する請求は被告宮崎に対して右金員及び弁護士費用を除いた内金三三万八、八六〇円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和四三年八月一七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告宮崎に対するその余の請求及び被告会社に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 岩淵正紀 高橋一之)

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